2月6日。映画『ほどなく、お別れです』がいよいよ公開される。
目黒蓮と浜辺美波。この二人がスクリーンに並ぶだけで、すでに物語は成立していると言っても過言ではない。
だが、予告編を見た瞬間に確信したはずだ。この映画の「もう一人の主役」は、背景に映る圧倒的な風景と、生活の匂いがする街並みだと。
さらに、公開前日の今日、新木優子が「亡き妻・遥」役で出演するという重大情報も解禁された。このキャスティングが、ロケ地の意味をさらに重くする。
「あの美しい草原はどこだ?」「あの橋はどこにある?」
公開直前ですでに検索窓を叩いているあんたのために、俺が徹底的に調べ上げてきた。
今回は単なる場所の特定じゃない。公式である「諏訪シネマズ」の認定情報と、予告映像の微細な照合から導き出した「確定ルート」だ。
最初に言っておくが、これは単なる観光ガイドではない。映画のテーマである「生と死の境界」を、ロケ地という物理的な場所から読み解くための設計図だ。
まずは、結論となる全エリアの情報をこのリストで頭に入れてくれ。
| エリア | ロケ地名 | 登場シーン(推測含) | アクセス・備考 |
|---|---|---|---|
| 長野県 (諏訪) |
霧ヶ峰高原 踊場湿原 |
キービジュアルの草原 ドライブシーン |
諏訪ICから車で約30分 ※冬期通行止め注意 |
| 東京都 (墨田・葛飾) |
木根川橋 スカイツリー周辺 |
日常パート 二人が歩く下町 |
京成押上線「四ツ木駅」 徒歩圏内 |
| 栃木県 (宇都宮) |
さがみ典礼 滝の原 |
美幸(浜辺美波)の職場 葬儀場シーン |
JR宇都宮線「鶴田駅」 ※見学マナー厳守 |
| その他 (セット) |
東映東京撮影所 | 室内シーン全般 | 一般公開なし |
【長野・諏訪エリア】「あの世」に近い場所としての霧ヶ峰・踊場湿原
映画のキービジュアルを見て、息を呑んだ人も多いだろう。視界を遮るもののない草原、どこまでも続く空。
あの場所は、長野県諏訪市にある「霧ヶ峰高原」だ。標高1,600mが生み出す空気の薄さと透明度は、まさに現世と彼岸の境界線として描かれている。
キービジュアルの草原は「霧ヶ峰」のビーナスライン
ポスターや予告編で二人が佇んでいる美しい草原。あれは霧ヶ峰高原の代名詞とも言えるドライブルート「ビーナスライン」沿いだ。
風の音しか聞こえない静寂。遮るものがないからこそ、二人の間に流れる時間だけが濃密に映る。
実際に現地に行けば分かるが、あそこは「音が消える場所」だ。観光地ではあるが、ふとした瞬間に強烈な孤独を感じさせる。監督がここを選んだ理由は、その「寂しさの美学」にあるはずだ。
二人のドライブシーンは「踊場湿原」周辺
物語の中で重要な意味を持つドライブシーン。これは霧ヶ峰から少し足を伸ばした「踊場湿原(池のくるみ)」周辺で撮影されている。
国の天然記念物にも指定されているこの湿原は、独特の起伏が特徴だ。車窓から流れる景色として、単なる山道ではなく、どこか日本離れした幻想的な風景が続く。
二人が車内で交わす言葉の重みを、この風景が静かに受け止めている。
諏訪シネマズ公式認定!ロケ地マップの入手方法
ここが重要なポイントだ。今回の特定は憶測ではない。地元のフィルムコミッション「諏訪シネマズ」が、公式にロケ支援を認めている。
おそらく公開に合わせて、諏訪市内の観光案内所やJR上諏訪駅などで「ロケ地マップ」の配布が始まるはずだ。Web上でもPDF公開される可能性が高い。
現地入りする前に、必ず「諏訪圏フィルムコミッション」の公式サイトをチェックしてくれ。公式の推奨ルートに従うのが、最も効率的かつマナーの良い巡礼になる。
ただし、一つだけ重大な警告がある。今は2月、真冬だ。霧ヶ峰へのアクセス路であるビーナスラインは、区間によっては冬期通行止めになるし、開通していても路面凍結は日常茶飯事だ。
ノーマルタイヤでの巡礼は自殺行為に等しい。「映画の世界に浸りたい」という軽い気持ちで突撃して、JAFのお世話になるのだけは避けてくれ。
【東京・下町エリア】「生」の実感があるスカイツリーと木根川橋
長野の静寂とは対照的に、二人の「日常」が描かれるのが東京の下町エリアだ。
ここで映し出されるのは、生活音と雑踏。つまり「生きていくこと」の象徴としての東京だ。
日常の象徴として映る「木根川橋(きねがわばし)」
予告編で一瞬映る、アーチ状の橋。これは荒川にかかる「木根川橋」で間違いない。墨田区と葛飾区を繋ぐこの橋は、映画やドラマのロケ地としては穴場的な名所だ。
土手から見上げると、橋の向こうにスカイツリーがそびえ立つ。この「圧倒的な建造物(スカイツリー)」と「古びた橋」のコントラストが、変わっていくものと変わらないものを視覚的に対比させている。
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浜辺美波が歩いた「四ツ木・立石」のレトロな街並み
木根川橋の周辺、京成押上線の「四ツ木駅」や「京成立石駅」周辺の商店街も、ロケ地として使われている可能性が極めて高い。
昭和の面影を残すレトロな街並み。電車の通過音、惣菜屋の匂い、自転車のブレーキ音。
長野のシーンがいかに「非日常」であったかを際立たせるために、東京のシーンでは徹底的に「体温のある風景」が切り取られている。
ここでの巡礼マナーは、長野とはまた違う。ここは完全な住宅街だ。
大声で騒いだり、路地裏に大人数で屯(たむろ)したりするのは厳禁だ。あくまで「散歩」の延長として、静かに街の空気を吸うこと。住民の日常を壊さないことが、この映画への最大のリスペクトになる。
【栃木・宇都宮】物語が動く場所「さがみ典礼 滝の原」
そして、物語の核心部分。浜辺美波演じる美幸が働く職場であり、数々の「別れ」が描かれる場所。ここはセットではなく、実在する葬儀場が使われている。
美幸(浜辺美波)が働く葬儀場のロケ地特定
エンドロールの協力クレジットや、地元・宇都宮での目撃情報から、ロケ地は「さがみ典礼 滝の原」であると特定した。JR宇都宮線「鶴田駅」から徒歩圏内にある施設だ。
映画の中で醸し出される、あの張り詰めた空気感。それはセットで作られたものではなく、実際に多くの別れを見送ってきた場所だけが持つ「リアルな重み」だ。
建物に入らずとも、その外観を見るだけで、美幸が背負っていたものの重さを感じ取れるだろう。
実際の営業店舗での撮影、聖地巡礼のマナー
ここで最重要の警告をする。ここは観光地ではない。現在も営業している、神聖な弔いの場だ。
「ここがあのシーンの場所か!」とテンションを上げて敷地内に入ったり、カメラを向けたりすることは、人としてのアウトだ。喪服を着た方々がいる中で、スマホを掲げる自分を想像してみてくれ。最悪だろ?
ここに関しては、「中に入る」ことは絶対に推奨しない。遠目から建物の佇まいを確認するか、Googleマップで場所を確認するだけに留めるのが、ファンの品格だ。
「行く」ことよりも「知る」ことで作品の世界観を補完してくれ。
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なぜ、ロケ地は「東京」と「長野」でなければならなかったのか
最後に、俺なりの「毒」を吐いて終わろう。なぜ監督は、ロケ地をこれほど離れた二つの場所に設定したのか。
そしてなぜ、今日解禁された「新木優子」というピースが、このパズルに不可欠だったのか。
東京から長野・諏訪へは、車で約3時間かかる。高速道路を走り、街の灯りが消え、山に入り、徐々に標高が上がっていく。
この物理的な移動プロセスこそが、主人公たちが「別れ」を受け入れるまでの心のプロセスと重なっているからだ。
東京は「生」だ。未練も、生活も、明日への不安もある。対して、霧ヶ峰の高原は「境界」だ。そこには生活音がない。あるのは風と、隣にいる人だけ。
もしかすると、漆原(目黒蓮)にとってあの高原は、亡き妻(新木優子)との記憶が眠る場所だったのかもしれない。そう考えると、あの静寂が持つ意味が変わってくる。
「ほどなく、お別れです」というタイトルが示す時間の経過。それを映像として表現するために、この物理的な距離が必要だったんだと俺は解釈している。
だから、もしあんたが聖地巡礼をするなら、ただ「点」としての場所に行くだけじゃもったいない。
東京から長野へ、あるいは長野から東京へ。その移動距離にある「時間」を感じてきてほしい。
車窓の景色が変わっていく様を眺めながら、二人が何を想っていたのかを想像する。それこそが、この映画の最も贅沢な楽しみ方になるはずだ。
東京から長野への3時間。その移動距離そのものが、二人が覚悟を決めるまでの「時間」の重さだ。
ハンドルを握りながら、その静寂の意味を噛み締めてこい。
それが本当の「巡礼」だ。
- ★ 東京(生)と長野(死の境界)の対比が、作品テーマそのものだ。
- ★ 「移動距離=別れへの時間」。3時間のドライブで没入しろ。
- ★ 諏訪シネマズ公式マップを入手し、マナーと防寒装備は完璧に。
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